2011/09/12

日本のエネルギー革命 序章完結──六本木

 9月9日、東京電力・東北電力管内に対する電力使用制限令が解除されました。
 暫定値ながら、15%の削減目標に対し20%以上の実績があったとされます。
 いま振り返ると、信じがたくバカバカしい「計画停電」や「電力危機」を、「節電の夏」として国民が受け入れたおかげで切り抜けられたことを、東京電力や国は全家庭に頭を下げて感謝すべきです。

 しかしその影響は大きく、日本の原子力発電所54基のうち現在稼働するのは10数基で、電力の安定供給には点検完了後の再稼働は必要ですが、原発の再稼働は「暫定的」と考える国民が増えたことも確かです。
 政府側にはまだ「原発」を軸とした議論を進めたい気運があるようですが、国民側はすでに「脱原発後」の電気料金高騰に向けた節電対策には「今回の経験・知恵を生かそう」と、浪費社会の反省から省エネが浸透しているように思えます。

 家庭での節電対策は準備万端なので、政府には電気代高騰による工場などの国際競争力低下の下支えに腐心しつつ、「どんなエネルギー革命が展開するのだろうか?」という、大きな期待が向けられています。
 国民が我慢・工夫したのですから、国も存在感を示してもらわないと!

 強気で意見する権利を国民がつかみ取ったこの実績を見て、改めて「日本人ってスゴイ!」と再認識した夏の終わりです……


2011.8.27
【東京都】

 この日は事務所ビルの電源工事のため、サーバマシン等シャットダウンの朝(7:30)と夕方(16:30)の立ち上げ作業に出社し、空き時間(電気の止まったオフィスにいられない)に映画『一枚のハガキ』を観て、近所を散歩していました。
 会社は変われど、同じ様な仕事をしているなぁと、自覚する次第です……


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国立新美術館(Map)


 最初の出会いで「何と見事な建物だろう」とインパクトを受けてから、写真を撮ろうと思いながらも光の関係か、こんな絵しか撮れず残念です。
 近代的建築物にはほとんど心動かないのに、「キレイ」で「優美」と感じる美しい姿があったのですが、経年の汚れでガラスが曇ったのだろうか、見た目にも輝きが失われているような印象を受けました。

 現在「二科展:美術家団体二科会の展覧会」が開かれていますが、もともとこの美術館建築の構想は、これまで「日展」等の公募展で使用してきた東京都美術館(上野)では狭すぎるという不満と、都ではなく、国が全国を対象にした展示スペースを整備すべきとの要望から実現します(2007年開館)。
 ここは収蔵品を持たない企画展等への貸会場施設なので、博物館や美術館のような、美術品の収集保管、調査研究、展示の機能を満たさないのに「美術館」と名乗るのはおかしいとする向きもあるようです。


 この周辺は、後述の東京ミッドタウン同様旧防衛省施設が置かれた場所で、カメラの反対側には、「二・二六事件:1936年2月26日〜2月29日、日本陸軍の青年将校らが起こしたクーデター未遂事件」ゆかりの旧歩兵第三連隊兵舎があり、第二次世界大戦後は東京大学生産技術研究所等に使われ、駒場移転後に取壊しの予定も一部が保存されます(立ち入れない)。
 ガラス越しに映るのは六本木ヒルズ。


 上写真は東京ミッドタウンに隣接する、港区立赤坂中学校の裏側にある門扉です。
 登下校時の様子は見ていませんが、生徒の利用が多いとは思えない裏側の門なのに、えらくオシャレに見えます。
 以前ミッドタウンが自衛隊施設だった時分、幹部子息の専用門だったか?


東京ミッドタウン(Map)

 江戸時代には毛利家(長州藩)屋敷があったこと、NHK『ブラタモリ』で見ました。
 番組で、現在専門店街ガレリア中央部の案内所付近が玄関だったと紹介するも、撮影時の受付嬢はちょっと不勉強との印象がありました。
 その反省からでしょうか、現在ではお姉さん方が全面に立ってアピールしています。三越か高島屋か? の迫力が出たのは成功ですし、きっと「むかし毛利屋敷だった?」の質問にも、きっと丁寧に説明してくれることでしょう……

 明治〜昭和時代に陸軍が駐屯していたこの地は、終戦後アメリカ軍に接収され米軍将校の宿舎とされます。
 上写真中学校の門扉は、米軍接収時、将校の子どもたち専用門だったか? と思うも、米軍施設は他と同様、敷地内に必要な施設(病院、映画館も)を作るので、学校までは接収しなかったように思います(米軍施設フェンスの内側は治外法権)。

 日米安保条約締結後の1960年に返還され、防衛庁本庁舎が移転します。
 六本木といえば防衛庁がどっしりと構え、バブルの時代でもそこだけは襟を正すように見えた一画でした。
 門前で、他の米軍基地前で米兵相手のような風紀の乱れが繰り広げられても(ここの場合は一般外人に群れる一般女性)、見て見ぬふりか、自衛隊は敷地内(フェンスの内側)を守るだけの存在に見えたりしたものです。

 上写真は敷地に隣接する檜(ひのき)町公園の歩道に刻まれた化石のようなレリーフです。他でも目にしたような趣味ですが、ずいぶんと化石を目にしていないことに気付かされました。そういう施設に出向いてないということか……


 シンボルのミッドタウン・タワーは高さ248mで、東京都庁舎第一庁舎を抜き、都内で最も高い超高層ビルになります(国内では横浜ランドマークタワー:296m、大阪府咲洲庁舎:256m、りんくうゲートタワービル:256mに次ぐ四番目の高さ)。
 東京都庁舎や六本木ヒルズ森タワーのような展望台は無いため、子どもを呼び寄せようという意識はないようです。

 隣接の港区立檜町公園と合わせると、都心としてはかなり広い緑地が確保され、緑の上でイベントが行われたり、木陰にカフェを開いたりと、ガーデンパーク的な、憩いの場として定着しつつあるようです。
 近年の再開発プロジェクトでは、敷地に対する緑地の割合が大きいとされるのも、東京においては納得です。


 後日、Mac(パソコン)の修理窓口があることを知り、ノートブックを担いでのぞいてみましたが、秋葉原や新宿とは違い、とってもオシャレで明るい(日差しがあると暑そうな)カウンターでマシンの診断をしてくれます。
 これがAppleの目指した「スマートな対応?」の姿は、売り上げ米国No.1企業だから可能なサービスかも知れません。
 勝手に惚れ込み、応援してるつもりでいますが、それでもまた「高い買い物」をしてしまうだろう自分は、完全に「Mac教」に洗脳されているようです。
 しかしカリスマであり、魔法使いのようなスティーブ・ジョブズ が去った会社を考えると、以前の低迷期の姿が脳裏をよぎってしまいます……


六本木ヒルズ(Map)

 この場所の印象にはどうしても「バブリー」がつきまといますが、国内最大規模の都市再開発とされ、17年をかけた事業成果(森ビル)になります。
 江戸時代はここにも長府毛利家(長州藩支藩の長門府中藩)屋敷があったゆかりから、現在の毛利庭園(テレビ朝日○○ステーションでよく登場する)とされます。
 第二次世界大戦後は、ニッカウヰスキー工場(後にテレビ朝日の敷地)、メイ牛山のハリウッドビューティサロン(日本最初の美容室)や美容専門学校がありました。

 遠めから見るビルは、何かモリモリと(森ビルの宣伝ではない)ビルが太っていくようなデザインに見え、それこそ「バブリー」な印象で好きでありませんが、下写真の毛利庭園(テレビ朝日)側に見られる西洋の城塞都市風なイメージが庭園の緑にマッチする、という感覚は理解できる気がします。


 この地で記憶に残るのは「六本木WAVE」でLPやCDを探したり(当時輸入盤はWAVEになければあきらめの気分があった)、「シネ・ヴィヴァン・六本木」に単館上映の映画を観に来たものですが、その敷地を含めて六本木ヒルズに再生されました。
 わたしにとっては「文化的なつながり」を求めて訪れた六本木ですが(そう考えるとよく足を運んでいました)、世間様はここを舞台に「泡」と戯れる時代でありました……

 六本木ヒルズ内の女性グループの会話に
 A子「トイレに寄っていく」
 B子「一服してるね」
 A子「どこで?」
 B子・C子「東京タワー!」
 と声をそろえて言い放ち、それが通じる喫煙所付近からの光景です。

 前には毛利庭園があり、その奧に道路が通る谷地形の向こうにも大きな建物はなく、東京タワー方面の見晴らしがとてもいい場所に、喫煙所があります。
 近ごろ指定喫煙所とされるのは、階段の裏やトイレの前(トイレ利用者は大丈夫?)など、隅に追いやられがちですが、ここは「景色がいいのに、何で喫煙所なの?」と恨まれるような場所にあります。

 夕刻、六本木交差点近くの薬局でご出勤姿のお姉様が、仁王立ちで栄養ドリンク剤をグビグビやっている姿を見かけます。
 景気いいようには見えないが、現在でも六本木のキャバクラ等は人気あるのだろうか? 
 お姉さんよりも、今どきは「タコ焼き屋」で一杯がはやりなのか、店前の立ち飲みでぎわう店の方が目を引きますし、現実的と感じたりします。

 またこの地は、押尾学が連行されたマンション、草彅剛が全裸で騒いだ公園、市川海老蔵が暴行を受けた近所の西麻布等々のお騒がせな町で、相変わらず「事件は、六本木で起きている!」ようですから、「次は何?」という向きにはたまらなく楽しい町なのかも知れません……


追記
 男女含めて日本代表サッカー三昧の一週間でしたが、なでしこジャパンの五輪出場権獲得はお見事でした。
 予算がないにしても、あの過密スケジュールはケガの元ですし、選手生命を短くしそうなほど、非常に厳しい闘いに見えました。
 彼女たちの頑張りも大切ですが、女子サッカーを盛り立てることが必要であると観衆も分かっているようなので、フィーバー的な盛り上がりで後押ししましょう。

 そうそう忘れてましたが、会社の近所にある中国大使館では、毎日そこを目指す中国国籍の人並みが続きますし(現在日本にどれだけいるのだろう?)、ちょうど一年前の「尖閣諸島中国漁船衝突事件」では、抗議する団体の街宣車が騒がしかった場所柄でもあります。
 でもそれは六本木の「インターナショナルなイメージとは違う」の声が聞こえそうなのは、日本人の西洋かぶれが変わっていないのか、お上りさんが集まる場所柄なのか……